願海寺新聞 第100号 – 浄土真宗本願寺派 新井山 願海寺 浄土真宗本願寺派 新井山 願海寺

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願海寺新聞 第100号

発行:2022年2月

こんにちは!ついにこの『願海寺新聞』も100号を迎えました。50号(2017年12月)のときは「100号まではまだ半分か」と、その道のりを非常に遠く思いましたが、たどり着いてみると、あっという間に感じます。この感覚って、人生も同じで、この人生を終えていくときもきっと「あっという間だったな」と思うのでしょうね。
さて、この『願海寺新聞』は、「お寺」や「仏教」「宗教」の存在意義が薄れてしまっている世の中にあって、お寺・僧侶の在り方も大きく変わっていかないといけないし、皆様にも仏教の素晴らしい教えに出会ってほしい、そのために何ができるだろうかということで2013年11月より始まりました。
しかし、100号まで発行しても、こちらの至らなさでまだまだお伝えできていないことばかりです(言い訳ですが、意外と文字数は少ないんです)。ただ、いつからか「100号で終わり」という流れにもなっていたようですので、一旦はこの100号を区切りとしつつ、もし「今の形式のままで毎月発行して!」というご要望が多ければ、継続させていきたいと思っています。
どうぞ、お寺(各僧侶)までご意見をお聞かせ下さい。また、「こんなことが知りたい」「このテーマが興味深かった」などもお聞かせ頂けましたら大変嬉しいです!宜しくお願い致します。

合掌
南無阿弥陀仏
巧弦

ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。
『顕浄土真実教行証文類』「総序」
親鸞聖人

宗教ってなあに?~カルトについて②~

一ヶ月空きましたが、98号(12月号)に続いて「カルト」について考察していきましょう。
私たちの身の回りには「カルト化」してしまっていることやものがたくさんあります。それは決して「カルト=宗教」ということではなく、「会社」「商品」「芸能人」など実に様々です。
たとえば、「経済成長」ということだって、カルト化する要因は含んでいるように思います。多くの人が「経済的に豊かになれば幸せになれる」と信じて、あるいは信じさせられて、それを目指し色々なものを犠牲にして、掴めそうで掴めないものを掴もうともがき続けています。その中で苦しみ虐げられ命を失ってしまわれる方々まで実際にいてしまうわけですから・・・。
もちろん、経済的な豊かさは「幸せ」の一つの要素であります。ですから、「経済成長」自体を否定しているのではありませんし、「経済成長」がすなわち「カルト」だというのなら、それはまた極端な暴論です。
しかし、それほど私たちの身近にある様々なものが気付かないうちにカルト化してしまう恐れを秘めているということです。
カルトにはまるのは知識や教養がないからではありません。実際、オウム真理教の幹部の方たちは凄まじいエリートばかりでした。また、(意図してではないと思いますが)カルト的な手法を用いて人気を得たロックバンドのメンバーが、その後に他のカルト指導者を信奉していました。ここに私たち人間が根源的に抱える弱さ、もろさ、危うさを感じさせられます。
カルトは人の心の弱みを上手に突いてきます。そして、その手法で特徴的なのは「正しさ」「善」を強く主張することです。たとえば、「掃除をしましょう」といった誰もが良い行いだと疑わないことから始まったりするようです。つまり、カルトだからといって必ずしも内容自体が怪しいわけではなかったりするのですね(ここ重要です)。内容(教えなど)は優れたものであっても、妄信させ依存させていくという手法によってカルト化していくわけです。
カルトに引っかかってしまうと、本人だけでなく周りの人までも疲弊してしまいます。そうならないよう互いに悩みや弱さを打ち明けられる人間関係を築いていきたいものです。

なもあみだぶつ♪

僧侶似顔絵
村上 巧弦
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